船橋大神宮の方から船取の方へ向かう途中、右側に県立船橋高校があり、少し進んだ信号の右側に国土交通省関東地方整備局 船橋防災センターの門があります。車の信号待ちなどで一度は目にされた方も多いと思います。私も信号待ちのたびに、国交省の何の建物だろうと思って眺めていました。そこで10月9日、船橋市議会でこちらを視察してきました。
船橋防災センターは平成9年から運用されている国の施設で、災害時には復旧活動の拠点となり、そのための資機材を備蓄しています。国道14号、357号、京葉道路に近く、首都圏のどこへでも向かいやすいことから、この場所が選ばれたそうです。元々この一帯は、戦前、利根川から東京湾へ抜ける放水路の予定地だったようで、その名残で、県立船橋高校のグラウンドは周りより低くなっており、掘った跡がそのまま残っています。工事は戦争の激化で中断され、戦後、すでに大部分が掘り進められて川としても使われていた現在の花見川(印旛放水路)に計画が変更されました。
門の中に入ると、東京ドーム3分の2ぐらいの広大な敷地に、さまざまな設備が配置されていました。災害対策室のある管理棟や無線局鉄塔、ヘリポートのほか、地下備蓄施設(砕石や山砂を地下に埋めて備蓄)、堤防決壊時の応急復旧に使う大きなコンクリートブロックなどが置いてあります。令和元年の台風15号のときは、ブルーシートや給水車を千葉県内へ配る基地にもなりました。特に驚いたのは、応急組立橋です。これは地震、台風、豪雨などの災害で、道路が陥没したり、橋が崩れ落ちたりした際、一時的に道路を確保するための仮設の橋です。部品を組み立てるだけで、早ければ数日から1週間程度で応急的に橋ができてしまいます。
他には、排水ポンプ車(住宅地にあふれた水を川へ戻す車両。25mプール1杯分を約7分で排水)がありました。8月の千葉豪雨では、鎌ケ谷市のアンダーパス(銚子丸と業務スーパー近くの交差点)の冠水で、未明の3時から夕方5時まで排水作業を行ったそうです。豪雨の翌日も通行止めが続く中、ずっと排水を続けていたことにも驚きました。9月の台風25号で印旛沼の堤防が決壊した際にも、排水ポンプ車が県内全体で30台出動しています。災害時には、国の出先事務所や市町村からの要請が関東地方整備局に集まり、その指示でこのセンターが動き出します。
いつも通り過ぎていた場所が各地の災害復旧を支えていたこと、そしてこうした国の防災施設が船橋市にあることに、大変驚きました。船橋防災センターでは毎年夏休みにイベントを開催していて、地震体験や時間雨量300ミリの豪雨体験もできるようです。次回開催の日時が分かりましたら、本紙でもご案内したいと思います。